
ドラゴンボールの生みの親。鳥山明は清須出身の日本の漫画家で、その軽妙なユーモア、端正な線、カンフー映画への愛が、西遊記を下敷きにした荒削りな物語を、史上もっとも影響力のある少年漫画へと変えた。
鳥山明は、短編の試作『ドラゴンボーイ』と『騎竜少年トンプー』を経て、1984年末に週刊少年ジャンプで『ドラゴンボール』を開始した。尻尾を持つ少年・悟空、十代のブルマ、空飛ぶ如意棒を主役にした軽快な格闘冒険として始まった物語は、11年をかけて全519話、単行本42巻、およそ9千ページに膨らみ、読者を第21回天下一武道会から魔人ブウ編まで導いた。
鳥山はその全編を、生涯でわずか二人のアシスタント、田中久志と松山孝司とともに、自らのバードスタジオで描いた。担当編集の鳥嶋和彦、近藤裕、武田冬人が過酷な週刊連載を支え、この漫画はファンが言うジャンプ黄金期の中心的な柱となった。当初の連載に登場するすべてのキャラクター、生き物、乗り物、風景は、彼の筆から生まれた。
鳥山の絵は、すっきりした輪郭、確かなデッサン、メカ設計のほとんど機械のような精密さで、ひと目でそれと分かる。彼は熱心なスケールモデル愛好家であり、その趣味はドラゴンボールを彩る戦車、ポッド、カプセルハウス、宇宙船にあふれ出た。手塚治虫、ウォルト・ディズニー、『101匹わんちゃん』、ゴジラ、ウルトラマン、ジャッキー・チェンの『酔拳』を初期の影響として公言し、西部劇とSFへの愛は、ジャンルを横断する作風に表れている。
ドラゴンボール以外では、1986年からのロールプレイングシリーズ『ドラゴンクエスト』、1994年のスクウェアの『クロノ・トリガー』のキャラクターデザインも手がけ、この二作は彼の絵にゲームファンの中での第二の命を与えた。出世作の『Dr.スランプ』は1980年から1984年まで連載され、悟空が初めて力をみなぎらせるずっと前から、ひょうきんで愛情あふれる喜劇の才を証明した。内気で人前に出るのを好まず、得意なはずなのに乗り物を描くのを嫌がることで有名で、東京の漫画界の脚光よりも、田舎の暮らし、家族、犬たち、模型を好んだ。
鳥山明は2024年3月1日、急性硬膜下血腫のため68歳で世を去った。元アシスタントの松山孝司は後に、鳥山が脳腫瘍を患い、亡くなる少し前に手術を受けていたと明かした。その訃報は世界中のアニメコミュニティに隕石のごとく衝撃を与え、漫画家、ゲームスタジオ、各国の指導者から追悼が寄せられ、彼の作品が日本の外までいかに深く届いていたかを改めて示した。
その功績はほとんど言葉にできないほど大きい。ドラゴンボールは『ワンピース』『ナルト』『僕のヒーローアカデミア』に至るまで現代の少年漫画の遺伝子を形づくり、悟空のシルエットはアニメそのものを表す記号になった。晩年でも彼は作品に深く関わり続け、『ドラゴンボール超』を監修し、新たな形態をデザインし、自ら選んだ後継者とよたろうへ漫画の筆を託した。ドラゴンボールは今も続いているが、どのページにも彼の指紋が残っている。

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